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木の情報発信基地『中川木材産業株式会社』
        〜毎日情報発信中でいつの間にやら100万人〜

木にまつわる思い出をお持ちでしょうか?入学式にはらはらと散る桜吹雪、 子供のころ遊んだ神社の大けやき、波打ち際に打ち上げられたどこかの流木。 私たちの生活のあらゆるシーンに登場する木にまつわる情報を、毎日発信して いるホームページをご存知ですか?その名も『木の情報発信基地』です。 ぜひ一度ご覧下さい。
さて、今月号の線客万来コーナーでは、先日来場者数が100万人を突破した人気 サイトのWebマスター中川木材産業株式会社取締役社長 中川勝弘さんのお話を ご紹介してまいりましょう。


    中川木材株式会社

中川木材の前身は、明治44年、和歌山の御坊市で産声を上げた「中川計三郎商店」でした。現社長のお父様、中川藤一さんは、昭和28年に大阪支店開設と同時に代表取締役に就任されました。藤一さんは、林材業関係者のバイブルとして広く知られた『木材流通』や『木の情報発信基地』でも見ることができる『木偏百樹』の著者であり、大学で教鞭をとられたり、業界団体の代表として色々な活動をされるなど、幅広く林材業界の発展に寄与してこられた方でした。
その藤一さんが1988年に急逝され、突然勝弘さんは社長を継ぐことになったのでした。それは、カリスマ社長から息子への、突然の交代劇であったのでした。

    自分ができる会社経営を

突然の社長交代がもたらしたものは、厳しい現実でした。カリスマであるがゆえ、藤一さんの活動は公職中心となり、社内の管理は手薄にならざるを得ませんでした。また、住宅ブームに乗って売上げ重視の経営方針を拡大し、結果的には債権回収で滞ったりして経常利益は下がり、いつの間にか自己資本率が4〜5%程度になってしまいました。

交代する予定であったと言うものの、結果的には突然社長に就任した若い勝弘さんには、予想もしなかった事態が起こったのでした。後ろ盾が無いままに、社長として船出せざるを得なかった勝弘さんは、しかしながら、こう考えました。「自分は父親の様にカリスマになるタイプでは無い。しかし、こういう自分だからできる経営があるはず。会社を存続させることを第一に考えて、自分自身ができる経営をやってみよう。」

    自己資本率回復だけでなく

何よりも会社の存続を第一に考えた勝弘さんは、今までの売上げ重視型経営から利益重視型経営に切り替えました。また、社員に対してグレーな部分を作らないよう、風通しの良い組織を作りました。経理担当者は決して同族を置かず、能力の高い人を配置し、経理内容も社内にオープンなものとしたのです。
売上げは以前の半分になりました。旧体質の社員との争い、取引先からの信用不安、現金でないと仕入れられない現実など、あらゆる困難が起こりました。しかし、そんな中で勝弘さんは、自分を信じてくれる若い社員達と、一つ一つの決まりや仕組みを作り上げて行ったのでした。この努力が、5%以下であった自己資本率を50%近くまで回復させ、16年間赤字ゼロ経営という結果を産んだのでした。




会社経営だけでなく、勝弘さんの個性はIT分野についても光ります。社長就任時5%以下であった自己資本率を50%近くまで回復させ、16年間赤字ゼロ経営というすばらしい経営者である中川木材産業株式会社社長の中川勝弘さんは、IT分野についてもすばらしい個性の持ち主です。






    電電公社 DRESSで確信

昭和53年に、勝弘さんは(当時)電電公社のDRESSシステムのプロジェクト委員に就任しました。DRESS(Dendenkosha REal time Service System)とは、企業向けの販売在庫管理システムで、当時何十億円もしたコンピュータを共同利用する仕組でした。大学時代コンピュータにあまり良い印象を持っていなかった勝弘さんは、しぶしぶこれを引き受けたのですが、実際にそのシステムに触れて印象が180度変わりました。

「こんな便利なものは無い。人がやるのと比べてなんと処理の早いことよ!これからは必ず情報化の時代が来ると確信したんです。」当時一ヶ月80万円のレンタル料も、決して高いものとは思いませんでした。しかし、使えば使うほど、もっといつでも制限なしに使いたくなり、とうとうPCを導入したのでした。売上げ中心の会社経営から利益重視の会社経営へと体質を変えていく中で、数々の社内経費を削減しました。でも、情報化への投資は減らしませんでした。それは、「これからは情報社会になる。」という確信からのものでした。

    PCひとつ買うにも会議。

面白い話があります。勝弘さんがパソコンを導入しようとしたころ、社内には他にパソコンを使えるメンバーは居ませんでした。勝弘さんが端末に向って何かをやっていると、それは「遊んでいる」様に見られました。今でこそ一人2台平均のパソコンを有する事務所ですが、ここまで来るまでには大変な努力が必要でした。努力して説得する相手は社員です。実は、中川木材産業さんでは、投資はすべて会議で承認しないと行うことができません。社長の車でさえ、車種は会議で決まります。
一人一人がコスト意識を持ち、透明な会社経営を行うという目的にはかなったものですが、いくらパソコンが役に立つと社長が思っても、それだけでは導入ができなかったのです。「説得するのが大変でしたけれど、絶対に会社にとって必要なものと思っていましたから、全力で説明しました。」こうしてどこの会社よりも早く、パソコンやLANが導入されていったのでした。もちろん、担当者は勝弘さんです。そんな中で勝弘さんが考えた情報化に対する基本姿勢は「IT利用は 最小の費用で、最大の効果を」というものでした。「目的を達成するためにIT技術を利用するのであって、IT技術を利用することが目的では無い」と考える勝弘さんは、こうも言い切ります。「日進月歩するコンピュータ技術を追いかけても意味が無い。それは、何をしたいのかという事とは別物です。」さて、そんな勝弘さんが進めたIT利用術とはどんなものだったのでしょうか。




「IT利用は 最小の費用で、最大の効果を」と考える中川木材産業株式会社社長の中川勝弘さん。その具体的な内容とはどういうものだったのでしょうか。






    データベース作りが基本です

私の趣味はデータベース作りです」と言い切る勝弘さん。実は、ここにIT活用の基本ポリシーがあるのです。「データを蓄積すると、それが仕事に役に立つんです。たとえば、同じ種類のデータを集めておけば、知りたいときに検索するだけで、答が得られます。二度と調べる時間や手間が要りません。」こうおっしゃる勝弘さんご自慢のデータベースは、名刺データベースです。「私を含めて全社員は、もらった名刺をすべてすぐにデータベースに入力するのがルールです。このデータは、まず『お礼状』に使います。お会いした方すべてにお礼状を出すのが約束です。次に、『年賀状』に使います。
そうこうするうちに、会社には1万人以上の人脈リストができあがりました。」名刺データベースをお持ちの方は多いと思います。私もこの話を伺った瞬間、別に特別な印象は持ちませんでした。しかし、実際のデータベースを拝見し、納得したのです。まったく私たちが考えるものとは違っているのです。

    デジタルとアナログをうまく使い分ける

私たちが普通考える「名刺データベース」とは、名刺に印刷されている内容を管理するためのものを指しています。勝弘さんの場合は、「名刺を管理するためのデータベース」つまり、名刺の現物を管理するためのデータベースなのです。名刺は、その情報と共に、管理番号が振られます。この管理番号順に、実際の名刺ファイルにファイリングされていきます。「シンプルに管理すること。これが続けていく秘訣なんです。」「コンピュータは検索用。それ以上のことは求めません。」この考え方は、独自に考えられた「袋ファイル」とよばれるデータベースにも生かされています。
これは、商品のカタログや保証書などの紙情報を管理するデータベースです。名刺と同じように、現物を管理するシステムです。カタログや保証書が、管理番号のついた袋に収納され、順番に抽斗(ひきだし)に並んでいます。これらの袋の番号は、その内容を示すキーワードと共に、データベースに登録されます。「コンピュータで検索さえすれば、見たい情報がどの袋にあるかがわかります。詳しいことは、実際の紙を見ればいいのです。何でもすべてデジタルでとは思いません。アナログとデジタルをうまく使い分けることで、無理のないシステムができると思っています」

    議事録はその場で

アナログを活用したデータベース作りだけを見ると、勝弘さんはデジタルをそれほど使っていないように見えるかも知れません。ここで、もうひとつのIT活用をご紹介しましょう。それは、社内会議です。中川木材産業さんでは、ここ5年ほど会議はペーパーレスで行われています。会議室にはLAN配線が備え付けられており、各自自分のパソコンを持ち込んで資料を見ながら進めていくのです。
以前は、会議の後で議事録を回覧していました。しかし、どうしても議事録作成までに1〜2週間ほど時間がかかってしまい、議事終了までに無駄がありました。そこで、勝弘さんは議事録は会議中に作成するよう、ルールを変えたのです。「まず議題と議事のファイルを事前に社内イントラネットで回覧し、議事録は会議中に赤文字でそこに入れていくスタイルに変えたんです。もちろん議事には事前に全員が目を通し、質問などもあらかじめやり取りしておきます。赤を入れるのは、ほぼ決まったことだけになります。」このルール変更で、会議の時間はそれまでの半分に短縮したのでした。




さて、無理無駄のないIT活用を進める勝弘社長。いまやホームページのアクセス数も100万人を超え、超人気サイトになりました。自ら運営する勝弘社長は、なぜホームページを始めたのでしょうか。また、次々とIT化を成功させる秘訣はどこにあるのでしょうか。






    世の中が変わると思ったので

1992年のブラジルサミット後、地球温暖化をはじめとする環境問題に対する関心が一気に高まりました。これに関連して、「木材の話をしてほしい」という依頼が急増しました。しかしながら、あまりにも多いため、その対応に苦慮していました。また、数々の社内パンフレットをインクジェットプリンタにより社内印刷していましたが、そのインク代が嵩んで困っていました。そんな折、ニュービジネス協議会でインターネットに触れた勝弘社長は、「すごい!これは世の中が変わるかもしれない」と衝撃を受けました。木材の話も、社内のパンフレットも、インターネットで簡単に情報発信できるのです。

社長の趣味がまた始まったと社員総反対の中、勝弘さんの信念と熱意が認められ、晴れてレンタルサーバーへの投資が社内で承認されたのでした。こうして始まったホームページですが、なかなか商売には結びつきませんでした。「商売気を出すよりも、会社に対する安心感を与えられるホームページにして、まともな真面目な会社であることをわかってもらおうと方針変更しました。そこで、木の情報を充実させて、会社のホームページというよりも木の情報発信のページへとリニューアルしました。」情報はデータベースとして社内に蓄積されていました。また、先代社長の集めた「木偏百樹(もくへんひゃくじゅ)」というすばらしい遺産もありました。「今では1万ページを超えています。また、毎日欠かさず更新しています。」という勝弘さんの努力が実り、今では100万アクセスを超える人気ページへと成長していったのでした。もちろんここから商談が広がっています。「アクセスがいくら多くても、商談に結びつかなければ社員の支持は得られませんから」とおっしゃる勝弘さんは、今日も更新作業を欠かしません。


    IT化に成功するためのアドバイス

次々とIT化を成功させる勝弘社長に、その秘訣を聞きました。「まずは小さい成功を体験することから始めることです。」つまり、「アナログの仕事はたいがいIT化できます。だから、今困っていること、最初は小さな問題などがいいでしょう。それをITを利用して便利にするために、知識を知っている人に教えてもらって解決する。何度か繰り返すと、その成功体験を通してコツがわかってくるのです。」勝弘社長が薦めるのは、住所録の作成です。エクセルなどの表計算から始めるのでは無く、データベースから始めると、検索を体験することで情報活用の勘が付いてくるのだそうです。

また、ホームページについては、こう言い切ります。
「たくさん費用をかけてはいけません。効果は投資とは比例しません。しかしながら、持っていなければ今や信用を得られないツールであると認識することです。持っていなければどんな中小企業でも、売上げが減ると考えるべきです。」IT化に取組みたいけれど、どこから始めたらいいか迷っている方、あるいはホームページを持つかどうか迷っている方、この勝弘社長の言葉を参考になさってはいかがでしょうか。



さて、4回にわたり、中川木材産業社長の勝弘さんの話題を取り上げてまいりました。取材を通して教えられたことがあまりにも多く、限られた字数でお伝えできたかどうかわかりません。一番心に残ったことは、「自分の信念をまっすぐに貫くこと、毎日努力を怠らないことで、周りを動かす大きな力が産まれる」という当たり前のようで大変難しいことです。勝弘社長のお人柄そのものが、成功を産んでいるという事実をお伝えし、今回の線客万来を終わりたいと思います。



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